浮魚日和

読書しながら考えたことをメモしています。

sacrifice

何気なく手にした近藤史恵さんの作品が面白かったので、代表作を読んでみた。推理というジャンルはそんなに好きではないけれど、舞台がサイクルロードレースということもあって、『サクリファイス』を選んだ。

単なる「チームワーク」とも違い、エースとアシストの役割分担がはっきり分かれている中で、ともに勝利を目指すという微妙に複雑な関係性。主人公に任されたアシストの仕事は興味深いし、それに向けられた気持ちにも共感する。それでいて、時折、チラリと顔をのぞかせる勝利への情熱。

一方、躊躇なくアシストを犠牲にしつつも、その犠牲を忘れることなく背負ったまま、貪欲に勝ちに行くエースの姿も美しい。

勝利はひとりのものではない。この一事に、双方の側から光が当てられて、立体が浮き上がる。


高校の頃、ロードレーサーに初めて乗った時のことを思い出す。あまりにもバランスが良くて、凡庸な運動能力でも、停止状態で立つことができる。ペダルに足を乗せると、リニアモーターで駆動されたみたいに、勝手に車輪が滑ってゆく。グランツールの雰囲気に憧れ、サコッシュを引っかけて登校した日々が懐かしい。

またロードレースを観戦したくなった。

nombre premier

近藤史恵『タルト・タタンの夢』読了。カウンター7席、テーブル5つ。変わり者だけど腕のいいシェフと、スーシェフ、ソムリエ、バイトのギャルソン。魅力的な雰囲気の店。ビストロ・パ・マルという人を食った名前がまたよい。

あえて推理仕立てにする必要もないと思うのだけど、作者はそれが書きやすいのだろう。プロット以上に、店や料理の描写が楽しめる。

「推理」としては物足りないものもあるけれど、それは気にならないぐらい面白かった…という感想で終わると思いきや、最後の「割り切れないチョコレート」は鮮やか。感動した。

御歌


twetterのタイムラインに皇后陛下の御歌が流れてきて、素晴らしい御歌の数々を思い出した。
tweetにあるのは、紀宮様御誕生のときのもので、子を見守る暖かい母の眼差しというだけではなくて、やはり「あづかれる宝」を限りなく大切に見守るお立場が重ねられているように思う。雰囲気は、絹のように滑らかであるのに、どこか透明な緊迫感を感じる。

内親王様は、いずれは皇室から出て行かれることが運命づけられていることもあり、そうした将来をも遠くに見据えておられるように読めてしまう。それだけに、臣籍降下後も、神宮の式年遷宮を前に、静謐な決意を示される祭主様を詠まれた御歌が、時を隔てて呼応するかのよう。
み遷りの近き宮居に仕ふると瞳静かに娘は言ひて発つ
(平成26年歌会始「静」)


大切な御歌がいくつもいくつもあるけれど、とても微笑ましい御歌を書き留めておきたい。
母住めば病院も家と思ふらし「いってまゐります」と子ら帰りゆく
これは、紀宮様御誕生に先立って入院されていた皇后陛下を、皇太子殿下と秋篠宮殿下がお見舞いに来られたときのことを詠まれたもの。


くるみ食む小栗鼠に似たる仕草にて愛しも子等のひたすらに食む
(昭和46年 栗鼠)
こちらは、背をかがめるように夢中にかぶりつくような御姿が愛らしい。

和歌は素晴らしいと改めて思う。
皇后陛下が優れた歌人であられることが、どれほどありがたいことか。
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