歴史学の世界では、仁徳天皇や天智天皇からの「日本」を認め、それ以前の皇統については、たとへば「古代史よりはさらに遠い、原史時代の伝説の世なのである」(岡田英弘『倭国の時代』)といふ見方がある。

このやうな視点による実証重視の歴史学も貴重である。しかしながら、国家や民族の伝統や理想は、実証の中だけにあるのではない。ある実証的な建国の時点を基準にしても、王朝がその瞬間に突如発生するわけではない。高祖といふ言葉があるやうに、建国あるいは創業の理想は、さらに先祖に遡るのである。外形的客観的には「建国」の実質を備えてゐなかつたとしても、そこから何らかの経時的な営みが継続してはじめて、建国として結実するのであるから、外形的客観的「建国」が由来する流れの濫觴を、紀元節とすることは極めて自然なことである。といふよりも、その濫觴こそが紀元節でなければならない。

「古代史よりはさらに遠い、原史時代の伝説」であることを客観的に見つめることと、紀元節を祝ふこととは矛盾なく両立する。ただ、今日のこの日に、このやうに文字を重ねるのは野暮といふものではある。