浮魚日和

読書しながら考えたことをメモしています。

読書

sacrifice

何気なく手にした近藤史恵さんの作品が面白かったので、代表作を読んでみた。推理というジャンルはそんなに好きではないけれど、舞台がサイクルロードレースということもあって、『サクリファイス』を選んだ。

単なる「チームワーク」とも違い、エースとアシストの役割分担がはっきり分かれている中で、ともに勝利を目指すという微妙に複雑な関係性。主人公に任されたアシストの仕事は興味深いし、それに向けられた気持ちにも共感する。それでいて、時折、チラリと顔をのぞかせる勝利への情熱。

一方、躊躇なくアシストを犠牲にしつつも、その犠牲を忘れることなく背負ったまま、貪欲に勝ちに行くエースの姿も美しい。

勝利はひとりのものではない。この一事に、双方の側から光が当てられて、立体が浮き上がる。


高校の頃、ロードレーサーに初めて乗った時のことを思い出す。あまりにもバランスが良くて、凡庸な運動能力でも、停止状態で立つことができる。ペダルに足を乗せると、リニアモーターで駆動されたみたいに、勝手に車輪が滑ってゆく。グランツールの雰囲気に憧れ、サコッシュを引っかけて登校した日々が懐かしい。

またロードレースを観戦したくなった。

nombre premier

近藤史恵『タルト・タタンの夢』読了。カウンター7席、テーブル5つ。変わり者だけど腕のいいシェフと、スーシェフ、ソムリエ、バイトのギャルソン。魅力的な雰囲気の店。ビストロ・パ・マルという人を食った名前がまたよい。

あえて推理仕立てにする必要もないと思うのだけど、作者はそれが書きやすいのだろう。プロット以上に、店や料理の描写が楽しめる。

「推理」としては物足りないものもあるけれど、それは気にならないぐらい面白かった…という感想で終わると思いきや、最後の「割り切れないチョコレート」は鮮やか。感動した。

獨立不羈

日本は、サンフランシスコ平和条約において、台湾に対する「すべての権利、権原及び請求権を放棄」している。しかしながら、台湾の主権の帰属先は未定のままである。日本の施政権から離れた台湾を、国民党が権原なく占有して中華民国を名乗った経緯が、現状にまで引き継がれている。政権交代はあっても、中華民国の国号は変わっていない。ここで、全く無関係の中国共産党が、中華人民共和国による領有権を主張しているのは笑えない冗談でしかない。

このため、台湾独立が、中華人民共和国からの独立であるかのように考えるのは全く根拠のないことだ。台湾独立は、権原なく占有する中華民国からの独立を意味する。

獨立臺灣の闘士、史明先生の『100歳の台湾人革命家・史明 自伝 理想はいつだって煌めいて、敗北はどこか懐かしい』には、やみくもに独立を叫ぶことの危険性が示されている。

今、やみくもに独立を叫んで外省人や中国寄りの市民を刺激するだけの戦略では、台湾人のための台湾は永遠に取り戻せない。台湾の独立は歴史の必然だが、台湾人がひとつにまとまらない限り、虎視眈々と台湾併合を狙う中国の思う壺だ。 

 これは、方法論としてだけでなく、法理的にも正統である。台湾人としての民族の統合があってこそ、どの国にも正当な権原のない台湾を、国として独立させることができる。台湾の歴史的経緯をふまえると、ここでは、民族の統合のみが正統な権原の根拠となるのだ。

台湾に共感する日本人にも様々あって、戦前の日本統治時代の幻想に縋る勘違いな人達や、青天白日満地紅旗を掲げて中華民国を礼賛するそそっかしい人も多い。それぞれ勝手にすればいいことなのだけど、「狗去猪来」という台湾人の言葉を知っておく必要はあると思う。役には立つ狗(犬:日本人)が去ると、食い散らかすだけの猪(豚:中国人)が乗り込んできたという嘆きである。

台湾において日本人として教育を受けた年配の方々の中には、日本に対する帰属意識を感じる耳に心地よい発言もみられるけれど、狗去猪来という本音の部分もあることを忘れてはいけない。施政権を手放して列島に立て籠もった、日本の不義理や無責任に対する割り切れない思いもあるだろう。様々な帰属意識をもつ台湾人が、一つの民族として統合されるのは、簡単なことではない。


蔡英文さんが、統一地方選で大敗したのは非常に残念だった。史明先生の以下の言葉が気になってしまう。

日本統治時代は日本に服従し、日本の敗戦後は国民党をアテにし、国民党に代わって共産党が存在感を現すと共産党に未来を託そうとする……。他力本願な台湾人の本質は一朝一夕には変えられない

日本における台湾正名運動は、オリンピック招致側の日本が、台湾人に対して失礼な国名表記をやめて、正しい表記に改めようとする国内運動からはじまった。統一地方選の結果、現時点の台湾における正名運動は、民主的な手続きを通じて否認されたという事実は動かせない。これには本当に失望したけれど、私も、台湾政治のニュースに一喜一憂するばかりだった姿勢を改め、これからは、台湾の人々の民族統合の行方を、近隣の友邦の国民として静かに応援していきたい。

台湾の皆さんには、ヒマワリ学生運動の若者達に呼びかけた史明先生の言葉を忘れないでもらいたい。

いいかい。台湾の行く末は君たちの両肩に掛かっているんだ。台湾人よ、立ち上がりなさい! 台湾を台湾人以外の者に支配させてはダメだ!


アメリカが衰退すれば、中国共産党のプレゼンスが西太平洋に及ぶことは確実。中国共産党は着々と布石を打っている。日本やアメリカによるのではなく、自らの民族自決によって独立した台湾と、西太平洋条約機構を形成し、あらゆるファシズムから西太平洋を守り、自由公海圏(Liberated High Seas)を確立する将来を夢見ている。

成れる国と作られる国

田中英道『日本が世界で輝く時代』読了。

日本においては、国家も宗教も作られたものではなく、自然に成ったものという田中先生の視点は重要。想像の共同体として民族や国家を作られたものと捉える立場が一般化しており、日本にもそういう側面がないわけではないけれど、やはり作られた国家とは違う自生的な側面を無視したのでは、日本の成り立ちはわからない。

その他、本書の内容は多岐にわたるけれど、特に重要と思ったのは、フランクフルト学派のこと。マルクス主義の有効性が疑われるようになってから、暴力革命によらない体制転換を目指すフランクフルト学派が台頭してきた。労働者階級ではなく、学生や知識人をターゲットにして、学界やメディアを通し、あらゆることに対して、対案もないままに批判を継続してゆくというもの。「常に批判することで社会がいつの間にか変わる」という「永久批判」なる方法論は、日本の野党にも、自覚的にか無自覚的にか踏襲されているようだ。

自然に成ったといってもよいほどに、安定して継続してきた文化文明を、リベラリズムや批判理論からどのように守ることができるのか、歴史認識を含めて、様々な場面において対策が必要だと思う。

歴史教科書

百田尚樹・有本香『「日本国紀」の副読本』読了。話題を呼んだ『日本国紀』を執筆した動機や経緯については、これまでもネットの動画などで、百田さんが発言していた。本書では、さらに、そのダイナミックな執筆スタイルについても紹介されていて、とても面白かった。

はじめはざっくりと書きながら、大胆に削ったり差し替えたりと。隘路に絡めとられずに、本来描きたいテーマの本筋を貫けるのが凄い。テレビの構成作家という仕事が、執筆スタイルにも影響してるのだと思う。

また、本書では、歴史教科書の問題点も具体的に指摘されている。保守系の教科書が登場したときには、散々騒がれたけれど、逆方向の行き過ぎはほとんど報道もされない。ところが、現状は、かなり恐ろしいことになっている。贖罪史観一色での唐突な書きぶりには、背筋が寒くなる。特に、学び舎の教科書が酷い。

出版界では左翼系のものはだんだん売れなくなってきているけれど、教育の世界では、日教組の影響力が低下しつつも、基礎となる教科書が酷いことになっている。

竹田恒泰さんの歴史教科書が、検定不合格となったらしいけれど、再度挑戦して頂きたいと思うし、不合格本の出版も楽しみ。

教育現場であまり好き放題やっていると、学校制度自体が解体されることになるような気がするし、その方が良いのかもしれない。義務教育も、時代的使命を終えたのか。

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